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コロナを経ても変わらない?映画館で映画を観る価値を改めて考えてみた

先日、数か月ぶりに映画館に行きました。
心配事がひと段落つき、久々に休みらしいことをしたいなと思っていたところ、ちょうどちょっと気になっていた『沈黙の艦隊』の広告を見て、食指が動いたのでした。

では、なぜ私たちは、「映画館」という場所で映画を観るのでしょうか。
今回は、私たちにとって、「映画館」とはどういう場所なのか、そこで映画を観る価値について、改めて考えてみたいと思います。


人が戻りつつある映画館

日本生産性本部の「レジャー白書」の速報データによると、2022年の余暇時間の過ごし方としては、動画鑑賞(レンタル・配信を含む)が 38.4%、映画(テレビ以外)が 30.7% となっていました。
コロナ禍でサブスクリプションサービス等を活用した動画鑑賞が主流になる中でも、映画鑑賞は一定の支持を得ている様子がうかがえます。

また、日本映画産業統計データによると、コロナ禍で落ち込んでいた映画館入場者数も回復傾向にあるようです。

出典:日本映画製作者連盟「日本映画産業統計

さらに、今年のゴールデンウィークにおいてはコロナ前の2019年と比較しても動員112.6%、興収119.1%という状態になっていたそうです。マリオやコナンといった人気コンテンツが出そろい、多様な層の人々が映画館に足を運んでいました。

筆者自身は、年に数本映画を見る程度のライトな映画鑑賞者です。
サブスクリプションサービスで配信されている映画を観ることもありますが、年に数回、無性に映画館に行きたくなる時があります。

映画館での映画鑑賞は座禅に似ている(気がする)

そもそも、映画館というのは、見知らぬ人同士が一つの大きな空間に一定時間滞在して、同じ映像や音楽を体験する場です。

コロナ禍の時は、閉鎖空間に人が集まることを回避したい欲求はあったものの、事前に座席の埋まり具合が見えたこともあり、筆者は特に気にすることもなく、(むしろ快適に)その場を体験していた気がします。

隣の席の人が食べているポップコーンのおいしそうな香り。
いい席を陣取ったおじさまの頻繁な咳払い。
スマートフォンのバイブ音。
集中を阻害する要因や事象は多少なりとも発生はしますが、同行者がいたとしても、上映中は映画に集中することが是とされる空間となります。
そして、見知らぬ人同士が集う場所という「社会に紛れている感覚」をそこはかとなく感じることもできます。

筆者は、映画館には基本的に一人で行くことが多いです。
ひとたび上映が始まると、映画が終わるまではその場にとどまり、そのコンテンツに向き合わねばなりません。日頃、スマートフォンが手放せない筆者ですが、「見知らぬ他人の目」を気にして、それを確認する行為も憚られる環境です。
そうなると、自然と日々の嫌なことや、気になることを少し切り離し、映画と自分の感情に意識を向けることになります。まるで、座禅のように
そして、見終わったあとは、なんだかすっきりするのです。

映画館ではマインドフルネスといった状態に近い感覚を得ている気がします(イメージ)

そういえば、筆者が無性に映画館に行きたくなるのは、日々の嫌なことを頭から追い出し、ちょっとリセットしたいような気分の時だなと改めて感じました。
映画館には、意図的に”孤独”を味わえ、自分に向き合う時間を作ることができるという価値があるのではないでしょうか。

今回筆者が見た映画は「潜水艦」という閉ざされた空間が主軸の迫力ある映像だったので、なおのことその感覚がシンクロし、価値を感じる結果となりました。

コロナ禍では、自宅にこもっているときは、他人と遮断され否応なしに孤独感を味わうこともありました。しかし、それは自ら望んだ環境ではなかったような気がします。自宅とは違う環境だからこそ、満足感やすっきりした感情を味わえるのが「映画館」という存在なのだと思います。

手頃でちょうどいい「つなぎ」的存在

知人や友人と映画館に行く、というシチュエーションではどうでしょう。
まだ知り合って日が浅い人と、出かける先に困ったとき。
親しい友人や知人と遠出するほどの時間もなく、暇を持て余したとき。
そんなときに「映画館にでもいく?」という発想が生まれがちです。

調査データでも「初デートで行きたい場所」として2番目に挙げられているのが「映画館」でした。

映画館では、程よい距離感で、ドキドキやハラハラといった似たような感情変化を共有しながら、一定の時間が過ごせます。

観る映画さえ決めてしまえば、そこでの体験は予測できる範囲に収まるものであり、大きく失敗するようなことは少ないでしょう。
(緊張してトイレに行きたくなる、などの不確定要素はあるかもしれませんが…それもある程度予測することは可能です。)
人と観ていれば映画の内容に対する期待値とのズレも、事後に感想を言い合ったりするネタに昇華することで、ある程度許容できるものになります。

始まりと終わりの時間が決められているからこそ、前後の予定もスムーズに設定できます。同行者と自分の距離感や余暇時間を、手頃に「ちょうどいい」感じでつないでくれる存在。それも、映画館で映画を観る価値といえそうです。

”●●好き”な人同士のつながりを肌で感じたい

また、近年では、「パブリックビューイング」、「応援上映」というスタイルでの上映も増えてきました。

応援上映に参加したとき、一緒に行った友人が「ここに座ると推しと目が合うんですよ・・!」と教えてくれました。
大きな画面で、目の前を遮るものがなく推しを見れられるので、「目が合った!つながれている!?」っという気持ちになるのかもしれません。

シルホド!生活者インタビューより

「推し」を大きな迫力あるスクリーンと良い音で思う存分楽しむ。
さらには、ファン同士で、グッズなどに身をつつみ、その興奮や感動といった感情を同じ場所で共有することで、会場が一体化する楽しさも味わえます。
特にここ数年コロナ禍で制限されていた「声だし」もようやく解禁され始め、さらに盛り上がりは加速しているようです。

もちろんそこに集うのは、同行者以外はほぼ知らない人同士でしょう。しかし、同じコンテンツを楽しみ、その気持ちの高ぶりを通して連帯感やつながりをリアルに肌で感じられる。映画館はそんな場所なのだと思います。

改めて映画館で映画を観ることとは

映画館という場所では、配信では味わえない臨場感と没入感が楽しめます。
ただそれ以上に、以下のような欲求を満たせる場所なのだと思います。

  • 決まった時間内で、日々の嫌なことから解放されリセットしたい

  • 無難に人との関係性における距離感や余暇時間をつなぎたい

  • 連帯感や人とのつながりをリアルに感じたい

それは、コロナを経ても変わらない価値なのではないでしょうか。
むしろコロナ禍でこのニーズから分断されたからこそ、人々は今、こぞって映画館に足を運んでいるのかもしれません。


このようにシルホド!では、自分自身を含めた生活者の行動や態度を見つめ、気持ちを掘り下げながら手触り感のある企画立案のサポートを行っています。ご興味がある方はぜひお問合せください。

文:シルホド!note編集担当 友田

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